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晴るる哉のBlog

新宮町の小さなカフェです。

熊本。神戸。母。

息子と熊本益城町西原村、熊本城、熊本市街地を歩きました。

益城町の避難所を見せてもらいながら、
21年前の神戸を思い出していました。
私の実家は、神戸市東灘区に在りました。
阪神淡路大震災で全壊しました。
母は決められていた小学校に避難しましたが、
その小学校がご遺体安置所になり
別の小学校に避難しました。
が、そこも周辺にガス漏れが発生し、
休む間もなく、隣の隣の町の公会堂に避難しました。
東灘区は揺れが大きかっただけでなく、あちこち火事が発生しました。
今みたいに携帯もなく、捜す私と移動する母は連絡もつかないまま数日がたちました。

やっと会えた時、母は何十キロも線路の上を歩き続けた後でした。
疲れきって、不安に怯えていた顔が、
私を見てみるみる安堵の表情に変わりました。

「心配かけてごめんな」

母はしぼるような小さい声で私の手をさすりながら言いました。

それからの母は
何年も、自責の念や、苛立ちや、
フラッシュバックに苦しみました。
未だに阪神大震災の映像は見ることができません。
新潟中越地震東日本大震災の映像を見る時、涙を流して震えます。
それは、母の覚悟なんだと思います。

「目を背けたら失礼や」と
じっと睨みつけるように見ます。

私に、息子にできること。
ひとつは、熊本のこと、益城町西原村、皆さんのことを「忘れないこと」だと思います。
「知らん顔をしないこと」だと思います。
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 もしかしたら、
 母はいつも私を待っているんじゃないか
 今も不安なんじゃないか、
 だれも、神戸のこと忘れてないよ。って
 言ってほしいんじゃないか、 
   そんなふうに思います。